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太宰府天満宮の見どころと、駐車場・車中泊事情 2019年2月更新

太宰府天満宮  史跡

まずは、太宰府天満宮の概略を。

もともとは菅原道真公の霊廟

菅原道真

太宰府天満宮は、平安時代の901年に左大臣藤原時平らの陰謀によって、京の都から筑前国の大宰府に左遷され、失意のまま2年後に同地で死去した、藤原道真公の霊廟。919年(延喜19年)に、その御霊を鎮魂するため、本殿が創建された。

太宰府天満宮

現在は京都の北野天満宮とともに、道真公を祭神として祀る、全国の天満宮の総本社となっており、受験シーズンが差し迫る年末年始には、全国から毎年200万人以上、年間にすると850万人を超える参詣者が訪れるという。

太宰府天満宮に行く前に…

太宰府天満宮 お守り

太宰府天満宮が、福岡県屈指一の観光地と呼ばれる理由は、「ご利益」だけではない(笑)。

だが、他の観光情報と似たり寄ったりの紹介ではつまらないので、ここからは筆者の世代ならよく知る、シンガーソングライターの名曲にあわせて話を進めていくとしよう。

太宰府天満宮は、さだまさしの名曲「飛梅」の舞台

飛梅 太宰府天満宮

さだまさしの名曲「飛梅」を知る人は多いと思う。その懐かしい歌が聞きたいという人はこちらをクリック

「飛梅」は1977年7月に発売された、さだまさしのソロ2枚目のオリジナル・アルバム「風見鶏」に収録されているが、太宰府天満宮を舞台に「大鏡」等に記されている菅原道真公の、特に「飛梅伝説」をモチーフにしており、歌詞を覚えていけば、まるで映画のロケ地に来たような気持ちになれる。

飛梅伝説

菅原院天満宮 梅 源平咲き

飛梅伝説は、菅原道真が平安京朝廷内における藤原時平との政争に敗れ、遠く大宰府へ左遷されることとなった901年(延喜元年)に、屋敷で日頃から愛でてきた梅の木・桜の木・松の木との別れを惜しんだことに端を発する。

その際に、梅の木について詠んだのが、この有名な和歌だ。

東風(こち)吹かば にほひをこせよ 梅花(うめのはな) 主なしとて 春な忘るな

現代語訳
主人(こと、私)がいなくなっても、春が来るたび忘れることなく、梅の木よ、芳しい花を咲かせておくれ。

菅原院天満宮(京都)

菅原院天満宮

伝説によれば、桜はそれから悲しみに暮れ、見る見るうちに葉を落とし、ついには枯れてしまう。

いっぽう梅と松は、道真公の後を追いたい気持ちを抑えきれずに空を飛んだ。

ところが松は途中で力尽き、摂津国八部郡板宿(現・兵庫県神戸市須磨区板宿町・飛松岡)に降り、結局この地に根を下ろした。だが梅は、見事その夜のうちに主人の暮らす大宰府まで飛んで行ったという。

その3本の木があったとされるのが、写真の京都御所前に残る菅原道真の生家・菅原院天満宮だ。もちろん上の「源平咲き」の梅も、ここに植えられている。

「飛梅」ゆかりの場所とモノ

心字池

ここから先は「飛梅」の歌詞に沿いながら、太宰府天満宮の見どころに迫っていこう。

心字池

心字池

♪心字池にかかる 三つの赤い橋は
一つ目が過去で 二つ目が現在

三つ目の橋で君が 転びそうになった時
初めて君の手に触れた 僕の指♪

心字池というのは、「心」の字をかたどって造られた、神社仏閣などにある日本式庭園の池の総称。

太宰府天満宮の心字池には、太鼓橋・平橋・太鼓橋の三橋がかかっており、仏教思想でいう「過去・現在・未来の三世一念の相」を現わしているという。

そしてこの橋を渡ることで、三世の邪念が払われると信じられてきた。

おみくじ

太宰府天満宮 おみくじ

♪手を合わせた後で 
君は御籤(おみくじ)を引いて
大吉が出る迄と も一度引き直したね

登り詰めたらあとは 下るしかないと
下るしかないと気付かなかった
天神様の細道♪

太宰府天満宮 合格祈願

梅が咲く頃の太宰府天満宮のおみくじ売場は、「合格占い」に興じる受験生でいっぱい。

僕らはまるで孫の代わりにやって来た、じっちゃん・ばっちゃんのようだった(笑)。

梅が枝餅

梅が枝餅

♪裏庭を抜けて お石の茶屋へ寄って
君がひとつ 僕が半分 
梅ヶ枝餅を食べた

来年も二人で 来れるといいのにねと
僕の声に君は 答えられなかった♪

梅が枝餅の由来は、菅原道真が太宰府で罪人同様の生活を強いられていた時代に遡る。

毎日の食事にも事欠くという悲惨な暮らしぶりを見かねた老婆(後の浄明尼)が、梅の枝に栗餅を巻き付けて差し入れたのがその始まりだそうだ。

ちなみに梅ケ枝餅は、門前通りの多くの店でも売られており、写真はその中の寺田屋で食べたもの。

さて、この展開も、そろそろネタ切れ(笑)。ということで、これから先は一般的に云われている見どころを紹介することにしよう。

太宰府天満宮の見どころ

牛の像

太宰府天満宮には12頭もの牛の像がある。

菅原道真公と牛の関係については、牛が歩みを止めた場所を墓所にしたという有名な話以外にも、道真公の誕生日・承和12年6月25日(845年)や、死去日・延喜3年2月25日(903年)が丑の日だった、あるいは、道真公が大宰府に落ちてゆく途中で命を狙われた時、白牛に助けられたなどの逸話が残されており、それらが神使説へと通じているようだ。

楼門と本殿

重層の入母屋造りで檜皮葺の二重門を持つ「楼門」は、慶長年間(1596~1615年)に石田三成が再興したとされるが、明治時代に焼失し1914年に再建された。

本殿は天正19年(1591)に、小早川隆景によって再建された五間社流造の安土桃山建築。右側の欄間には、中国に古くから伝わる登龍門伝説が彫られている。

写真も写せる、太宰府天満宮の宝物殿

太宰府天満宮 宝物殿

菅原道真公の佩刀(はいとう)「毛抜型太刀(けぬきがたたち)」、国宝「翰苑(かんえん)」をはじめ、古文書、美術工芸品など約5万点の文化財を収蔵・展示している。

宝物殿

入場料は一般400円。国立九州博物館との共通券もある。詳しくはオフィシャルサイトで確認を。

太宰府天満宮・宝物殿 オフィシャルサイト

また、ここには道真公ゆかりのもの以外の「見もの」もある。

黒田如水(勘兵衛)ゆかりの場所

太宰府天満宮は、2014年に放送された大河ドラマ「軍師官兵衛」の主人公、黒田如水(勘兵衛)ゆかりの地でもある。

関が原の合戦における嫡男・長政の働きにより、中津から福岡に加増転封となった際に、如水は太宰府天満宮の境内横に仮住まいをしていた。

その際に茶の湯に使っていたとされる井戸が写真の「如水の井戸」で、その隣には如水の御霊を祀る「如水社」がある。

夢想之連歌

キリシタンであることからもわかるように、官兵衛は信心深く、天満宮の祭りごとがあれば寄進を積極的に行っていた。

その関係で、宝物殿には「夢想之連歌」を筆頭に、書状や太刀など黒田如水(官兵衛)・長政らにゆかりの品々が収蔵・展示されている。

如水社

なお「如水の井戸」と「如水社」があるのは、楼門の外に建つ宝物殿の横。飛梅の横から抜ける梅林の方ではないので、くれぐれも迷わないように気をつけよう。

国立九州博物館

なお「国立九州博物館」も、太宰府天満宮から徒歩圏内にある。

太宰府天満宮の駐車場事情

一番広いのは、太宰府駐車センター(太宰府天満宮第1・第2駐車場)

太宰府駐車センター

太宰府天満宮からは徒歩10分ほど離れているが、料金は1日あたり500円と格安で、キャンピングカーでも安心して停められる。なおトイレはあるが、夜間は閉鎖されるため、車中泊には適さない。

周り方にもよるが、宝物殿を見学したり、国立博物館まで足を伸ばすなら、半日はかかると思うので、時間制限のないこの駐車場がお勧めだ。

太宰府門前通り

往復とも門前通りを通るので、お土産も買いやすい。

太宰府駐車センターの詳細情報

■駐車台数
普通車:850台
大型バス・マイクロバス:26台

■料金
普通車:500円
バイク:250円
マイクロバス:1,300円
大型バス:2,000円
※いずれも1日1回あたり

■営業時間
8時から17時
※12月31日から1月3日は24時間営業

■住所
福岡県太宰府市宰府1-12-8
☎092-924-2843

ショートステイなら、太宰府天満宮の裏口正面にある「三条駐車場」

三条駐車場

門前通りではなく、太宰府天満宮の裏手にも有料駐車場が並んでいるが、裏口正面にある「三条駐車場」は平面でゲートがなく、キャンピングカーも停められる。

単純に本殿参拝だけなら、こちらのほうが近くて安い。

ただし、こちらはキャパが小さいので、朝早いうちでないと満車になる日が多そうだ。

1時間以内/300円
30分経過/100円

太宰府天満宮の車中泊事情

最寄りの道の駅は、久留米

太宰府周辺には、車中泊のできる適当な場所はなさそうだ。そのため、約40キロ・1時間ほど離れた道の駅くるめか、道の駅吉野ヶ里で車中泊をするのが妥当だろう。

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