車中泊旅行歴25年のクルマ旅専門家がまとめた、「馬籠宿」と「妻籠宿」並びに2つの宿場町を結ぶ中山道の古道を整備した、「中山道自然歩道」に関する記述です。
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この記事は、車中泊関連の書籍を10冊以上執筆し、1000泊を超える車中泊を重ねてきた「クルマ旅専門家・稲垣朝則」が、全国各地からセレクトした「クルマ旅にお勧めしたい100の旅先」の紹介です。
~ここから本編が始まります。~
「木曽路」を歩くなら、片道約9キロの「中山道自然歩道」がお勧め

筆者の馬籠宿・妻籠宿の歴訪記録
※記録が残る2008年以降の取材日と訪問回数をご紹介。
2002.01.14
2010.07.21
2014.09.23
2015.10.25
「馬籠宿・妻籠宿」での現地調査は2015年10月が最終で、この記事は友人知人から得た情報及び、ネット上で確認できた情報を加筆し、2024年9月に更新しています。
馬籠宿↔妻籠宿 中山道ハイキング

中山道・木曽路の概要

「中山道」は江戸時代に整備された「五街道」のひとつで、江戸の「日本橋」と京都の「三条大橋」を内陸経路で結ぶ約530キロの間に、69の宿場町が置かれていた。

その「中山道」の中で、もっとも難所が多かったのが、今は「木曽路」と呼ばれる「木曽街道」で、南の「馬籠」から北の「贄川(にえかわ)」まで、約74キロの間に11もの宿場が存在することからも、その険しさが伺える。

とりわけ往時の面影を色濃く残す「馬籠宿」と「妻籠宿」の間は、「中山道自然歩道」として整備されており、もし時間が許すなら、当時の旅人の歩んだ古道を辿ってみてはどうだろう。
馬籠宿(まごめじゅく)

「馬籠宿」は中山道の43番目の宿場町で、木曽11宿の一番南に位置している。
かつては長野県木曽郡山口村に属していたが、2005年(平成17年)2月の越県合併により、岐阜県中津川市に編入された。
理由は調べたがよく分からない。
ただこのあたりは、明治9年に「長野県」に統合されるまでは、現在の岐阜県にまたがる「筑摩県」だったことから、その時代からのつながりがあったのかもしれない。
ところで「馬籠宿」は、

『木曽路はすべて山の中である』という書出しで始まる、小説「夜明け前」を書いた文豪「島崎藤村」の故郷だ。

生家は宿場の中間地点に近い「馬籠宿」の本陣で、現在そこは「藤村記念館」になっている。
実は「馬籠宿」は、1895年(明治28年)と1915年(大正4年)の火災により、古い町並みは石畳と枡形を残して、すべてが焼失してしまったという。

ただその後に復元され、今は商いをしていない一般の家でも当時の屋号を掲げるなど、史蹟の保全と現在の暮らしをみごとに共存させている。

石畳が敷かれた坂の両脇には、宿と土産屋店のほかに、焼きたてのおやきや五平餅などが食べられる茶屋と、外観・内装を周囲と馴染ませたカフェや食処が並び、休日は老若男女で賑わっている。

取材した日は暑く、筆者は名物の「栗きんとんアイス」を食べることに。
「馬籠宿」がある中津川市は「栗きんとん」の聖地と云われており、これはまさに”ご当地アイス”と呼ぶに相応しい逸品だ。
ちなみに2014年当時のプライスで330円。今は400円くらいするのかな?
妻籠宿(つまごじゅく)

「中山道」42番目の宿場町にあたる「妻籠宿」は、「徳川家康」が江戸幕府を開く前の1601年に整備された歴史ある宿場だ。
しかし1892年(明治25年)に、厳しい山道を通ることなく、馬車が走れる新しい道(現在の国道19号)が完成すると、その後は衰退の一途を辿り始める。

それは大正・昭和になっても変わらず、さらに1970年代の高度経済成長を迎えると拍車がかかるように、全国の伝統的な町並みが次々に姿を消していった。
ただその中で、「馬籠宿」はいち早く地域を挙げての「景観保全活動」に取り組んだことが評価され、1976年に国の「重要伝統的建造物群保存地区」の最初の選定地のひとつに選ばれたことで道が開ける。

写真は「妻籠宿」で最初に町並み保存運動が行われた「寺下」地区で、「出梁(だしばり)造り」や「竪繁格子(たてしげごうし)」といった江戸時代の旅籠の建築特徴が残された家屋が並んでいる。

ただ上記のような過去を持つだけに、「馬籠宿」は「木曽路」の他の宿場町に比べると町並みだけでなく、地元の文化を後世に伝えようする姿を色濃く感じる。

そのためチャラチャラしたところが少ないことから、客層も「妻籠宿」とは違っている気がした。

筆者のお気に入りの場所は、「枡形」の跡が残るこのあたり。
石畳の先にわずかに残る妻籠の旧道は土のままの未舗装で、たびたび時代劇のロケに使われるという。

「松代屋旅館」はその旧道の途中にある老舗の宿。

以前は落ち着いた座敷でゆったりとランチが食べられたのだが、2024年9月にネットで調べたかぎり、残念だが今は食事処としての営業はしていない感じだった。
中山道自然歩道

出典:馬籠観光協会
「中山道自然歩道」の全長は約9キロで、ゆっくり歩いて3時間ほどだが、「古道」なので軽食と飲み物の持参をお勧めする。
「中山道自然歩道」へのアクセス

往復18キロを歩けば問題ないが、片道を徒歩で片道はバスにしたい場合は、その運行時間に注意を払う必要がある。
片道だけを歩く場合、「馬籠宿」と「妻籠宿」のどちら側から歩くかは旅行コースの都合によると思うが、標高が高い「馬籠宿」から「妻籠宿」に向かって歩くほうが、少しは楽に歩けるだろう。
その際は、空いている午前中に「妻籠宿」の有料駐車場にクルマを置いて、先にバスで「馬籠宿」に向かい、歩いて「妻籠宿」に戻ってくるほうがいい。
ただし、バスの便数が極めて少ないので、乗り遅れないよう注意が必要だ。

出典:南木曽町役場
なおこれは2024年9月現在の時刻表で、いずれは変更されると思うので、行かれる前にこちらのサイトで確認いただきたい。
南木曽町役場 もっと元気に戦略室
☎0264-57-2001
「中山道自然歩道」のコース概要

「馬籠宿」の入口から坂道を登って行くと、急な坂は10分ほどで緩やかになり、登りきると「恵那山」が一望できる展望台に到着する。
そこで息を整えた後は、緩やかなアップダウンを進み、1時間ほどで「馬籠峠」に到着する。
さらに1時間ほど歩くと、「男滝女滝」と呼ばれるふたつの滝が見えてくる。

落差10メートルの「男滝」は、水量が豊富で激しく流れ落ちる。

いっぽう「女滝」の落差は12メートルあるが、途中に段差があるため、しとやかに流れる。
「男滝」と「女滝」は、別の沢に流れ落ちるとすぐに「男だる川」へと合流し、「妻籠宿」の先で木曽川に流れ込む。

ちなみにここは、吉川英治の小説「宮本武蔵」で、「武蔵」と「お通」のロマンスの舞台として登場する、云ってみれば「ゆかりの地」だ。
筆者は関門海峡に浮かぶ「巌流島」と、奈良の「柳生の里」はもちろん、京都の「一乗寺下り松」にまで足を運ぶ「宮本武蔵」フリークだが(笑)、さすがにここは記憶になかった。
その「男滝女滝」を過ぎると、15分ほどで「大妻籠」に到着し、そこを過ぎるとゴールの「妻籠宿」はもう目の前だ。
ちなみに…
近年は「サムライロード」の名で海外でも人気を博しているらしく、バックパックを背負った外国人も多く見かけるという。
以下は2023年12月に放送された、長野朝日放送の「いいね!信州スゴヂカラ」という番組だが、これを見れば「中山道自然歩道」の現在がよく分かる。
車中泊事情

前述したように「中山道自然歩道」を歩く場合は、「妻籠宿」か「馬籠宿」の駐車場にクルマを停めてから出かけることになるのだが、GWと夏休み中の始発バスに確実に乗りたい人は、どちらかの駐車場で車中泊するほうがいいと思う。

「妻籠宿」ではトイレのある普通車専用の「第2駐車場」(1日500円)にクルマを停め、隣接するバス専用の「第1駐車場」内にある「おんたけ交通」のバス停を利用するのが、「妻籠宿」の観光と「中山道自然歩道」をハイキングするには適している。

いっぽう「馬籠宿」には無料の駐車場があるので、コスト優先で考えるならこちらで車中泊をしてもかまわない。
ただし「妻籠宿」「馬籠宿」ともに、車中泊OKの裏取りはできていない。
現地に「車中泊禁止」の表示があれば致し方ないが、ない場合に車中泊の可否を確認して、迂闊にも車中泊=オートキャンプという誤った認識の人にNoと云われたら、もうそれでおしまい…。
こういう場合は、シレっとやってみて、現地で何か云われたら「明日の朝一番のバスに乗りたいので、仮眠したいのですが」と訪ねてみるのが最良策だ(笑)。
それで駄目なら、潔く近くの道の駅に移動すればいいだけのこと。
ちなみに長野県側の「馬籠宿」に近いのは、約8キロ・10分ほど離れた「道の駅 きりら坂下」、いっぽう「妻籠宿」に近いのは、約5キロ・8分ほどのところにある「道の駅 賤母(しずも)」になる。































