中標津にある北19号(ミルクロード)と開陽台はワンセット

北海道に行こうと思う人なら、一度は何かで見たことがあるであろうこの道は、通称「ミルクロード」、正式名は「北19号」、地元では「新酪道路」とも呼ばれているようだ。

そして「開陽台」は、この道を登り切った誘導路の先にある。つまり、本州人が憧れるアップダウンの一本道と、展望台から地平線が見えるライダーの聖地は、事実上同じところにあると云っても過言ではない。

たぶん、これでスッキリした人は多いと思う。シンプルにこう書いてくれれば、誰も悩むことはないのだが…(笑)。

ちなみにミルクロードとは、「牛乳を出荷するタンクローリーが走る一直線の道」の総称で、北海道の酪農地帯に複数存在する。開陽台へ続く北19号は、云ってみればその「代名詞」なのだ。

なお、登っている時にはこうは見えない。写真の光景は帰りに楽しむことができる。

開陽台は中標津の町から北西方面に12キロほど走ったところにある展望台で、多和平、900草原と並ぶ道東3大展望台の1つに数えられている。

標高約270メートルの高台から見る光景は、まさしくパノラマ。広角レンズを使えば確かに地平線が丸く写る。

現在は正式なキャンプ場ではなくなったようだが、昔から開陽台は羅臼温泉野営場と並ぶライダーの聖地で、夏は今なお多くのライダーが裏でキャンプをしている。

ただし、トイレは駐車場にあるので、車中泊をするならここのほうがいい。

さて。開陽台の一帯は、開拓期から農地・牧場としての永い歴史を持っており、当初このあたりは武佐台と呼ばれていた。

昭和36年、その武佐台にNHKがテレビ中継局を設置する。それを契機に武佐台は開陽台と改名された。この開陽台という響きが、当時のライダーたちの心に共鳴する。 

都会では1970年代後半から1980年代にかけて、作家・片岡義男のオートバイ小説が人気を博していた。そして1982年に、夕張市出身で中標津町在住の佐々木譲の小説「振り返れば地平線」が発表されると、その影響を受けたツーリングライダーたちが、次々にこの地へやってくるようになる。

それから数年… 今度はミツバチ族と呼ばれるライダーたちが、こぞって開陽台を訪れるようになった。

ミツバチ族とは夏にバイクで北海道に渡り、ツーリングをする人たちのこと。彼らが乗っていたバイクの排気音がミツバチの羽音に似ていることから、そう呼ばれるようになったという。

この頃、開陽台は町の主要な観光スポットしての整備が進み、1990年代初頭には駐車場の拡張と、公衆トイレの水洗化が図られ、95年には現在の新展望台が完成する。この展望台の1階には「ハイジーの家」という軽食・土産物の店があり、店主の「かあさん」は、多くのミツバチ族から愛される存在となった。

しかしバブルが崩壊する90年代半ばから、北海道を訪れるミツバチ族は、少しずつ減少。ハイジーの家も2006年10月末を以って閉店となった。そんな伝説を持つ開陽台だが、今も北海道を旅するライダーたちの憩いの場所になっていることに変わりはなく、最近では車中泊客の姿もよく見かける。

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